ちょっと季節外れになってしまいましたが、春になると食べたくなる和菓子、桜餅。
食べるたびに「春が来た」と感じるのは、きっと私だけではないでしょう。
でも毎年この時期になると、必ずと言っていいほど繰り返される議論があります。
「葉っぱ、食べる?それとも外す?」
実は「桜餅」と言っても、大きく分けて2種類があります。
- 長命寺(関東):クレープ状の生地で餡を巻いたタイプ
- 道明寺(関西):ぷちぷち食感の道明寺粉で包むタイプ
長命寺は葉が柔らかく、食べても違和感が少ないため “葉っぱを食べる派が多い” とよく言われます。
一方、道明寺は葉がしっかりしていて噛みごたえが残りやすく、外して食べる人も多いようです。
この永遠のテーマを掘り下げながら、あの独特の香りの正体と、それに似た飲み物・食べ物まで、探ってみます。
葉っぱ問題——食べる派 vs. 外す派
全国調査で見えてきたこと
「葉を食べる」か「食べない」か。じつはこれ、地域・年齢・性別によって傾向が異なる、なかなか奥の深いテーマです。
地域差
関東の桜餅は葉がやわらかいこともあり、必然的に「葉ごと食べる」文化が根付いたと考えられています。
反対に関西は「葉は香りづけ」という意識が強いとも。
統計的にも、全国では 50〜60%が“食べる派” とされ、地域によって差が出る傾向があります。
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年齢差
おもしろいのは若い世代ほど“食べる派”が増えているという点。
Z世代では「葉っぱの塩気が甘さを引き締めて好き」という声が多く見られます。
反対に、年配層は「葉は食べないもの」というイメージが比較的強く、外す人が多い傾向があります。
性別差
SNSの傾向を見る限り、女性は香りや食感への感受性が高く、葉の食感を好まない人が少し多め。
男性は「せっかくだから食べる」など、あまり気にせず食べる傾向があります。
和菓子職人の本音
結論から言うと、「どちらでも正解」です。
あの葉っぱは、お餅の乾燥を防ぎ、桜の香りを移すために巻かれています。
同時に、塩漬けにされているため柔らかく、そのまま食べられる状態になっています。
「一緒に食べて塩気とのバランスを楽しんでほしい」という職人さんもいれば、「香りが移っていれば、葉自体は外して風味だけを楽しんでほしい」という職人さんもおり、お店によっても意見が分かれるところです。
あの香りの正体——クマリンという魔法の分子
桜餅を口に近づけたとき、鼻をくすぐるあの甘くも清涼感のある香り。あれはいったい何なのでしょうか。
主役はクマリン(coumarin)
桜の葉に含まれる香り成分の主役はクマリンという有機化合物です。桜の葉は生の状態ではほとんど香りがしませんが、塩漬けにして発酵・分解が進む過程で、葉の細胞内に存在する「クマリン配糖体(プルナシン)」が加水分解され、クマリンが遊離します。これが、あの独特の甘い芳香の正体です。
塩漬けがポイント
生の桜の葉をそのまま使っても、あの香りは出ません。塩漬けという工程が、香りを引き出すための「スイッチ」になっているわけです。梅や漬物が発酵・熟成によって旨みと香りを深めるのと同じ原理といえるでしょう。
桜餅の香りに似た、あの飲み物・食べ物
クマリンの特性を知ると、「あ、あれにも似た香りがある!」と気づくものがいくつかあります。
お酒
・ズブロッカ(ポーランドのウォッカ)
お酒の世界で「桜餅」といえば、ポーランド産の有名なウォッカ「ズブロッカ」です。
ボトルの中に1本の草(バイソングラス)が入っているのが特徴ですが、この草に天然のクマリンが豊富に含まれています。
そのため、リンゴジュースなどで割って飲むと「完全に大人の桜餅」の味になり、お酒好きの間では定番の雑学となっています。
・ウイスキー(特にバーボン)
バーボンの熟成に使われるオーク樽にもクマリンが含まれており、バニラや桜を連想させる甘い香りを生み出します。
桜餅とバーボンを合わせて楽しむ、という和洋折衷ペアリングも一部で注目されています。
飲料(ノンアルコール)
・桜茶(塩漬け桜の花茶)
お祝いの席でおなじみの桜茶は、塩漬けの桜の花をお湯に浮かべたもの。まさに桜餅の葉と同じ原理でクマリンが香り、桜餅のそばに置くと相乗効果で春の香りが際立ちます。
・ギルティ炭酸 NOPE(サントリー)
2026年3月に発売されたばかりのこの炭酸飲料、SNSで「桜餅に似た香りがする」「甘い女子っぽい香り」と話題になっています。
見た目はほぼコーラ、でも開けた瞬間に漂うのはフルーティでどこか和風な甘い香り。
その秘密は、NOPEが桜餅の香りの主役であるクマリンの"香りの親戚"とも言えるバニリンとラクトンを中心に、99種以上のアロマをブレンドしていること。これらの成分はクマリンと同じく、甘く柔らかい官能的な香りを生み出す系統の化合物です。
厳密には「桜の香り」を再現した飲料ではなく、コーラともドクターペッパーとも違う独自路線のフルーツ&スパイス系炭酸ですが、その複雑で甘い香りが桜餅を連想させる、という感想が多く寄せられています。
「ギルティ(罪深い)」というコンセプト通りのカロリー高め設計(600ml で約336kcal)なので、桜餅と一緒に楽しむときは覚悟を決めて。
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食品
・シナモン(桂皮)
クマリンの含有量が最も多い食材のひとつがシナモンです。桜餅とシナモンを一緒に口に入れると、共通する香りの層が重なり合い、不思議なほどなじみます。シナモン入りのミルクティーと桜餅、試してみる価値あり。
・トンカ豆
南米原産のこの豆はクマリンの宝庫で、パティスリーやチョコレートの世界でバニラの代替として使われることがあります。トンカ豆を使ったチョコレートと桜餅——一見ミスマッチに見えて、実は香りの共通点がある意外な組み合わせです。
・桜の塩漬け(桜の花漬け)
当然ながら、同じ塩漬け製法で作られる桜の花漬けは桜餅の葉と同じ香りを持ちます。お菓子の飾りやクリームに混ぜることで、桜餅に通じる春の香りを料理に取り入れることができます。
おわりに——香りは記憶のタイムマシン
桜餅の香りは、嗅いだ瞬間に「春」「日本」「子どものころ」といった記憶を呼び起こします。これは単なる感傷ではなく、香りが脳の海馬(記憶を司る部位)に直接作用するという、嗅覚の特別な性質によるものです。
クマリンという一つの分子が、塩漬けの葉を通じて餅に宿り、食べる人の記憶を刺激する——和菓子の職人たちは、科学の言葉を使わずして、そんな精巧な仕組みを何百年も前から作り上げていたわけです。
今年の桜餅は、葉っぱを食べながらその香りの旅を楽しんでみるのも良いのでは。